医者になってからの勉強ってそんなに簡単じゃないんだよね…『高血圧の話』no.7『薬物治療について』
とうとう高血圧に使うお薬の話です。今回は完全に医療系の方向けですが、これも専攻医が1回のレクチャーで覚えさせられる内容の一部です。専門用語の方が入りやすいと思うので、通常のレクチャー通りで専門用語は書き換えてません。
薬物治療
ACE-I
Ca拮抗薬
利尿剤
βブロッカー(αβブロッカー含む)
ARNI(アーニーと呼ばれる)
結局どの薬を使うのか?
合併症がない場合はコクランレビュー15)からは総心血管イベントとうっ血性心不全に関しては利尿剤>Ca拮抗薬、脳卒中に関してはCa拮抗薬>ACE-I/ARB、心筋梗塞でもCa拮抗薬>ARBだが、うっ血性心不全に関してはACE-I/ARB>Ca拮抗薬。解釈はそれぞれだが、合併症がない段階では利尿剤>ACE-I/ARB or Ca拮抗薬で、βブロッカーは原則使用しない。
CKDがあればACE-I/ARBスタート、他は4剤のどれでも良い(JNC8)
積極適応がある場合以外はβブロッカー以外の4剤使用を(JSH2019)
初期治療からACE-I/ARB+Ca拮抗薬か利尿剤の2剤併用(基本的に合剤)を推奨(ESC/ESH2018)(日本では保険請求上ダメですし、単剤で経過をみた方が良いと思います)
コクランレビューについて(主にCa拮抗薬の他剤と比較したエビデンス)
心血管イベントの予防に対する第一選択としてCa拮抗薬があるが、主要有害心血管イベントの発生を減少させるのに違いがあるか否かを検討したもの。
18件のRCT(ジヒドロピリジン系14件、非ジヒドロピリジン系4件)の合計141,807例の参加者を選択し、総死亡率はCa拮抗薬と他のあらゆる降圧薬との間で差がなかった。Ca拮抗薬はβ遮断薬と比較して総心血管イベント(RR 0.84、95%CI 0.77~0.92)、脳卒中(RR 0.77、95%CI 0.67~0.88)、心血管死亡(RR 0.90、95%CI 0.81~0.99)に関して有意に減少。Ca拮抗薬は利尿薬と比較して総心血管イベント(RR 1.05、95%CI 1.00~1.09、p=0.03)とうっ血性心不全(RR 1.37、95%CI 1.25~1.51)を増加。Ca拮抗薬は、ACE-Iと比較して脳卒中を減少させ(RR 0.89、95%CI 0.80~0.98)、ARBと比較して脳卒中(RR 0.85、95%CI 0.73~0.99)と心筋梗塞(RR 0.83、95%CI 0.72~0.96)を減少させた。Ca拮抗薬はACE-IやARBと比較した場合もうっ血性心不全を増加(ACE阻害薬との比較ではRR 1.16、95%CI 1.06~1.27;ARBとの比較ではRR 1.20、95%CI 1.06~1.36)。他の評価アウトカムに有意差なし。
覚えるのが不得意なら…とりあえず誰でもACE-I/ARBから開始するでも良いのでは。
ACE-I
慢性心不全に対して
CONSENSUS試験(1987年):エナラプリルがNYHAⅣ度の重症心不全に対する予後改善効果あり
SOLVD試験(1991年):エナラプリルがNYHAⅡ〜Ⅲ度の患者群でも予後改善効果あり
V-HeFTⅠ試験(1991年):硝酸イソソルビド+ヒドララジンがエナラプリルに劣る
慢性心不全に対するエビデンスはエナラプリルとリシノプリルのみだがなんとなくクラスエフェクトとされている(今更トライアルを組んでも製薬会社は儲からないのでやってくれないのだと思う)
その他各種エビデンスが蓄積されていて、詳細はJSH2019あたりを読むと良いと思うが、変わり種としてのエビデンスがあると言われているものにイミダプリル(タナトリル®)が脳卒中の高齢者の肺炎予防に有効16)というのもある。
ACE-Iとの比較試験のRESOLVD、Valiant、OPTIMAALでARBの有効性は全て同等以下でその後ACE-Iとの比較試験は行われなくなった
結局、理論上はACE-IよりARBの方が良いとされていたが、トライアルでは結果を出せていない。そのため、古くからよく使われてエビデンスありのACE-Iのエナラプリルがよく好まれる。(…と研修中に教わりましたが、基本的に私見です。エナラプリルを好んでますが、自分も空咳が出ると嫌なのでARBも使っちゃいますのでごめんなさい。)
ARNI(アーニーと呼ぶらしい)
ANRI(サクビトリル(ネプリライシン阻害薬)・バルサルタン(エンレスト®)):2020年6月29日に承認が下りたばかり
PARADIGM-HF(2014年):HFrEF患者に対してエナラプリルと比較。主要評価項目は心血管死と心不全入院からなる複合イベント。主要評価項目を20%有意に低下(これはPOEMです)
PIONEER-HR試験(2019年):HFrEF、NT-proBNP1,600pg/mL以上、BNP400pg/mL以上で入院後血行動態が安定した患者に対してエナラプリルと比較。主要評価項目は4週、8週後の平均NT-proBNP変化の比較。ANRI群46.7%、エナラプリル25.3%で有意に低下(DOEというやつです。ご注意を!)
PARAMOUNT試験(2012年):HRpEFに対してバルサルタンと比較。主要評価項目は12週後のNT-proBNPの変化でANRI22.7%、バルサルタン3.1%で有意に低下(DOEというやつです。ご注意を!)
PARAGON-HF試験(2019年):HFpEFを対象にバルサルタンと比較。主要評価項目は心血管死と心不全入院からなる複合イベント。有意差なし(POEMにあたります)
PARALLEL-HF(2019年):NYHAⅡ度以上、LVEF35%以下、NT-proBNP600pg/mL以上の慢性心不全を対象にANRIとエナラプリルを比較。主要評価項目は心血管死または心不全による入院の複合イベントで有意差なし(POEMです)。NT-proBNPの有意な低下あり(DOEです)
標準治療(ACE-I、βブロッカー)をまず優先する。PARADIGM-HFからはエナラプリルよりも良さそうだが、その後のトライアルでの成績はイマイチ。まだプライマリケア医が使うレベルではない…が、経過を見るべき薬剤。残念なのは悪評が高いバルサルタン(効果がないというわけではないですが、詳細はMRさんに聞いてみてください)との合剤であることで、ネプリライシン阻害薬のサクビトリル自体は多分よさそうだとの評判。
当初はすんげー良い薬が発売されたんじゃない?という雰囲気でしたが、その後のトライアルではイマイチな結果しか残せていないので、貧乏性の私としては高価で効果があるかわからないのでまだ使うお薬の選択肢には入りません。
※DOE:Disease Oriented Evidenceの略で死亡率とは関係ない検査値などを改善したというデータでいわゆるお薬屋さんが一見良さそうなお薬に見せるために示すデータ的な部分です。重要ではないわけではないですが、POEMを伴わないとダメとえらい先生はおっしゃってます
POEM: Patient Oriented Evidence that Mattersの略でPOEMがある=重要なトライアルだと言う認識でよろしいかと思います。
眠前投与について
以前から早朝高血圧が各種合併症発生の原因となることや脳卒中が早朝発症が多いことから眠前投与が望ましいという話やガイドラインでも記載されていた。
スペインのHygia Chronotherapy Trial17):2010年から10年間18歳以上の高血圧患者19,084例を対象に降圧剤を就寝時にする群9,552例、起床時に服用する群9,532例を比較。中央値6.3年追跡
心血管死44%、心筋梗塞66%、冠動脈カテーテル治療60%、心不全58%、脳卒中51%の低下
この結果から降圧剤の内容を変更しなくても眠前投与に変更するだけでも効果があると考えられている。(…が、最近この研究って結果が良すぎじゃない?とか嘘くさいんじゃないかと言われているようです。でも、朝食後を就寝前に変えるだけなので害はないし、ADA、JSH2019や他のガイドラインでも推奨されているのでとりあえず1剤は就寝前で良いのではないかと思います。)
ガイドラインで分かっていることのまとめ
さすがにこの部分も動画は作ってないんですー。
自分の手の内を晒すと批判されることも多いのですが、こんな内容と最後に述べる『Clinical inertia』の話までして『高血圧』のレクチャー1個分が修了になります。
明日が『Clinical inertia』の話で『高血圧の話』の最終になります。
参考文献
15) Wright, James M., Vijaya M. Musini, and Rupam Gill. "First‐line drugs for hypertension." Cochrane Database of systematic reviews 4 (2018).
16) Arai, T., et al. "ACE inhibitors and protection against pneumonia in elderly patients with stroke." Neurology 64.3 (2005): 573-574.
17) Hermida, Ramón C., et al. "Bedtime hypertension treatment improves cardiovascular risk reduction: the Hygia Chronotherapy Trial." European heart journal (2019).